廃ビルと猫

1/2
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

廃ビルと猫

 家の近所に廃ビルがある。  俺が知る限り、もう何十年も放置されていて、一応立ち入り禁止になっているため、近所の人間は近づかないが、廃墟マニアの類がたまに入り込んでいるようだ。  その廃ビルにうちの猫が入り込んだ。  うっかり開け放した窓から外へ出て、俺が追いかけるのを面白がるように、ビルの敷地内へ逃げ込んだのだ。  子供の頃から不気味という印象しか持っていない場所なので、気乗りはしなかったが、愛猫のためなら仕方がない。  猫の名前を呼びながら敷地内へ足を踏み入れる。と、甘えるような声が上の方から聞こえてきた。  テラス状になったビルの二階部分から猫が顔を覗かせている。名前を呼んで降りてくるよう誘ってみるが、猫はそこから動かない。  上へ上るしかないようだが、廃ビルの中になど入りたくはない。それで悩んでいると、外壁に鉄製の梯子が架けられているのを見つけた。  外付けの避難梯子だろうか。錆びついているが、引っ張ってもまったくぐらつかないから、上っても大丈夫だろう。  それでもかなり慎重に、一段ずつ踏みしめて梯子を上る。やがて二階に辿り着くと、愛猫が甘えた声で俺を迎えてくれた。  こいつを抱えて、どう梯子を降りようか。その方法を思索していると、何やら下方から人の声が聞こえた。  見てはいないが、声だけで数人いる。話の内容から察するに、このビル目当ての廃墟マニアのようだ。  居合わせたからどうということもないだろうけれど、もしも仲間扱いされたら中に連れ込まれる可能性もある。  慌てて物陰に身を潜め、上って来る連中が屋内へ消えるのを待った。  賑やかな声が近くなる。どうやら全員二階に上ったようだ。  俺はろくに見なかったけれど、入り込める場所があるらしく、そちらに賑わいが移動していく。…その騒がしい声や足音がふいに途絶えた。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!