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「……こんにちは」  突然の声に、飛び上がるほど驚いた。  見れば、相手も同じように、信じられないという顔で立ち尽くしている。  星野だ。  声や格好から、そうと分かったが、表情のせいか、前と印象が違う。  友人と勝手に思っている人間に会っただけ。なのに、いざ会ってしまうと、動けない。 「……あの」  遠慮がちな声に、硬直がとける。  逃げ出したいが、窓と本棚に囲まれたここは、出口は星野が居る場所しかない。  黙って見合ううちに、星野が頭を下げた。 「この間は、ごめんなさい」  何を。  少し気がそれる。  でも今のうちにと、星野が顔を上げる瞬間、横をすり抜けようと駆け出す。 「待って!」  広げた腕に遮られ、息を詰めた。 「話したいことがあるから、良ければ、その、お茶でも」  何を。自分について聞かれるのは嫌だ。答が無い。答えられない。  混乱していると、腹にじんわりと、押し止める腕の熱が伝わった。  体温。自分には無いもの。宙とは違う温みに、背中がぞくりとした。 「何も答えなくたっていいから、俺の話を聴いて欲しい」  いったい何を言っているのか。  見れば、必死そうな星野と目が合った。  「あなたじゃないと、たぶん分かってもらえない」 「……僕に?」  揺れたのは視界か心か。  早くここを出ないと。  ちりちりと、焦りが気持ちのどこかを焼く。早く逃げないと、きっと取り返しのつかない事になる。  何故かは分からないが、星野と目を合わせているのは危険だと、頭のどこかが警告している。 「今度、会ったとき……いや、お時間の宜しいときに、お願いできますか」  星野はいったい何を言っているのか。  今度は言葉の意味が分からず、答え方が分からない。 「……今度」  言葉をそのまま返せば、遮る力が緩んだ。押しのけるまでもなく道は開き、もつれそうな足で逃げ出た。  星野の声が追いかけてくる事はなかった。  
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