3人が本棚に入れています
本棚に追加
「……こんにちは」
突然の声に、飛び上がるほど驚いた。
見れば、相手も同じように、信じられないという顔で立ち尽くしている。
星野だ。
声や格好から、そうと分かったが、表情のせいか、前と印象が違う。
友人と勝手に思っている人間に会っただけ。なのに、いざ会ってしまうと、動けない。
「……あの」
遠慮がちな声に、硬直がとける。
逃げ出したいが、窓と本棚に囲まれたここは、出口は星野が居る場所しかない。
黙って見合ううちに、星野が頭を下げた。
「この間は、ごめんなさい」
何を。
少し気がそれる。
でも今のうちにと、星野が顔を上げる瞬間、横をすり抜けようと駆け出す。
「待って!」
広げた腕に遮られ、息を詰めた。
「話したいことがあるから、良ければ、その、お茶でも」
何を。自分について聞かれるのは嫌だ。答が無い。答えられない。
混乱していると、腹にじんわりと、押し止める腕の熱が伝わった。
体温。自分には無いもの。宙とは違う温みに、背中がぞくりとした。
「何も答えなくたっていいから、俺の話を聴いて欲しい」
いったい何を言っているのか。
見れば、必死そうな星野と目が合った。
「あなたじゃないと、たぶん分かってもらえない」
「……僕に?」
揺れたのは視界か心か。
早くここを出ないと。
ちりちりと、焦りが気持ちのどこかを焼く。早く逃げないと、きっと取り返しのつかない事になる。
何故かは分からないが、星野と目を合わせているのは危険だと、頭のどこかが警告している。
「今度、会ったとき……いや、お時間の宜しいときに、お願いできますか」
星野はいったい何を言っているのか。
今度は言葉の意味が分からず、答え方が分からない。
「……今度」
言葉をそのまま返せば、遮る力が緩んだ。押しのけるまでもなく道は開き、もつれそうな足で逃げ出た。
星野の声が追いかけてくる事はなかった。
最初のコメントを投稿しよう!