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藍子と龍司は長い間、『Penny Lane』のカウンター席で話し込んでいた。藍子がふと店の掛け時計を見ると、そろそろ帰った方が良い時間になってしまっている。
藍子がそろそろ帰ります、と言うと、龍司も一緒にイスから立ちあがった。
「駅まで? 同じ方向だから、一緒に行くよ」
藍子は駅まで行くもう少しの間、龍司と一緒にいられるかと思うと嬉しかった。
店のマスターの久住にあいさつすると、藍子と龍司は一緒に店を出た。
店のドアを開けてみると、外は小雨が降っている。
藍子は驚いて「えっ?」と心の中で呟いた。今日の天気予報は雨が降るような確率ではなかったはずだ。
用心深い藍子は毎朝必ず天気予報をチェックしている。朝、天気予報を見て「今日はカサを持たなくても良い」と思ったのを覚えているから、間違いないはずだ。
突然の雨に戸惑っている藍子とは違い、龍司は至って何でもないような表情をしていた。龍司はカバンから折り畳み傘を取り出すと、慣れた手つきで広げ始めた。
「いつものことなんだ。俺、雨男だから」
雨男……。龍司の心の中の声が聞こえなかったのはそのせいか、と藍子は納得した。
「――リズみたいですね」
藍子は思わず呟いた。
二人の好きなアドラーのボーカルのリズも、音楽界では有名な雨男だった。見た目や雰囲気が似ているだけでなく、雨男のところまで似ているのか、と藍子は驚いた。
「うん、それもアドラーに興味を持った理由の一つ。……もしなら、駅まで入ってく?」
龍司は広げたカサを藍子の方に差し出した。
「いいんですか?」
「もちろん」
藍子と龍司は一つのカサに入って、駅までの道を並んで歩いた。
藍子は突然の展開に胸を弾ませた。駅まで送ってもらえるだけでなく、一つのカサに入って歩いて行けるなんて、予想外の雨も全然悪くない、と思った。
一つのカサに入って龍司の隣を歩いてみると、思ったほど龍司の背は高くなかった。ただその分、話の合間に見上げると、龍司の顔が近く見える。
藍子は龍司の顔を見上げながら、今日は本当に良い日だ、と思った。
大学の同級生の男子にフラれた傷心を紛らわすために始めた占いのバイト。まさか、そのバイトがきっかけで、こんなに良い出会いがやってくるなんて、占いができる藍子でさえも予想出来なかった。
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