3.彼はいずこへ

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 藍子は今まで「前に予知能力を持っていた」と言った須佐以外に、他人の心の中の声が聞こえるとか、手を使わないで物を動かせるとか、そういう人物には会ったことがない。  例えば、友達のめぐみのように「霊感が強い」という人間には何人も会ったことがある。今バイトしている占いサロンの『Universe』を経営している久住の妻や、自分の占いの先生も霊感が強い。  でも「霊感が強い」だけで、自分のように「他人の心の中が読める」ような人間はいなかった。  もしかすると、自分が気付いていないだけかもしれないが、藍子のように明らかに他人の心の中の声が聞こえるような体質を持っている人間には、会ったことがなかった。 「実は、事務所の所長をしていた人が、『他人の心の中が読める』人だったんだ」  龍司の言葉に藍子は驚いて、またイスから飛び上がりそうになった。 「それ、本当ですか?」 「証明するものは何もないけど、本当だよ。ただ、元所長も俺みたいに雨男だったり、霊感が強いとかいう人の心の声は聞こえなかったから、それが証明になるのかな」  めぐみの友達を助けた時、「心の中で、助けを求めていたから」と言っても特に驚かなかったのは、身近に自分と同じような人間がいたからだったのか、と藍子は納得した。  でも、と藍子は思った。「元所長」とか「だったんだ」とか、全てが過去形なのはどうしてなのだろうか。  今、龍司が事務所の所長をしていると言うことは、自分と同じ心の中の声が聞こえる元所長はどうしているのだろうか。 「あの、その元所長さんは、今は?」  思い切って藍子が訊いてみると、ずっと穏やかだった龍司が、一瞬表情を曇らせたような気がした。  龍司の意外な表情に藍子が「えっ?」と思っているうちに、龍司はすぐに元の穏やかな表情に戻ってしまっていた。
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