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あの表情……。
龍司が一瞬、悲しそうな表情をしたような気がしたけど、あれは目の錯覚だったのだろうか、と藍子は思った。
「――元所長が今どこにいるかはわからないんだ」
「わからないって……?」
「俺が東京の大学に行っている時に、行方不明になってしまったんだ。どこにいるのか、何をしているのかは誰もわからない」
「そう、なんですね。でも……」
藍子は「でも、どうして?」と言いそうになったが、最後まで言葉を言うことが出来なかった。
藍子に龍司の心の中の声は聞こえない。
でも、さっきのあの意外な表情。
きっと龍司は元所長が行方不明になって悲しい想いをしただろうし、今も悲しく思っているのではないのだろうか。
「どうして行方不明になってしまったのかは良く分からないんだけど……。行方不明になる前に事務所に誰かが来て、元所長はその人間に何かされたらしいんだ。で、どうしたのかわからないけど、元所長は心の中の声が聞こえなくなってしまったんだ」
「聞こえなくなったんですか?」
藍子は思わず訊き返した。
「全て、ではないけどね。心の中の声が聞こえなくなっただけでなく、仕事をしていた時の記憶もところどころなくなってしまったんだ。で、元所長は仕事が出来なくなって、田舎に引っ越して療養していたんだけど、ある日、突然どこかへ行ってしまって、それっきり。
事務所も本当はたたんでしまおうかって話になったんだけど、大学を卒業したら俺がやるからって、元所長の親戚に頼んで継がせてもらったんだ。元所長にはすごくお世話になったし、このまま事務所をたたんでしまうのは、惜しかったからね」
藍子は龍司が話しながら、また一瞬表情を曇らせたのを見逃さなかった。
心の中の声が聞こえる体質のせいなのか、もしくは占いをやっているせいなのかは、藍子は人を見る目には相当長けている。
一日くらいしか接していないが、龍司が精神的に相当強い人間だと言うことはわかる。
龍司はめぐみの友達を助けた時もまったく動じてなかったし、いくら警察と顔見知りとは言え、警察の前でもまったく動じる様子がなかった。
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