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この薄い小さな板は、きっと『ICチップ』とか呼ばれているものだろう。
どうして、CDジャケットの中にICチップが入っているのだろうか。藍子は不思議に思い、ビニール袋のジップを開けると、メモ紙の中を見た。
『後悔したら、使って』
メモ紙には、そうひと言だけ書かれてあった。
(――この字、須佐さんの字だ)
少しクセのあるこの字、よく、覚えている。
「……須佐さん」
メモ紙の字を見た途端、藍子の頭に須佐と過ごした懐かしい日々の思い出が蘇って来た。
懐かしさのあまり、藍子は思わず須佐の名前を小声で言ってしまった。
「どうかした?」
藍子は龍司に声を掛けられて、我に返った。
顔を上げると、須佐と同じ瞳の色をした龍司が自分のことをのぞき込んでいる。
「すみません、このCDをプレゼントしてくれた人が書いたメモが入っていて……。字をみたら、懐かしくなって」
「そうだったんだ」
龍司はそれ以上深く訊いて来なかった。
藍子は龍司にいろいろと訊かれてもどう答えれば良いかわからないから助かったと思った。でも、多分さっきの表情や仕草で、自分が須佐に特別な想いを抱いていたことはバレてしまったのではないだろうかとも思った。
「あの、よくわからないんですけど、CDの中にメモが入っていて。これって、ICチップですよね? 一緒に『後悔したら、使って』ってメモが入っていて。このCDをプレゼントしてくれた人が、わざわざCDの紙ジャケットを剥がしてこれを入れたみたいなんです」
藍子は慌てて言葉を続けた。
須佐はもう亡くなっているし、龍司に「初恋の人」とバレたって構わないはずなのに、藍子は何となく隠したいような気持ちだった。
「これ、確かにICチップだよ。でも、どうしてCDに? 何か心当たりある?」
「いえ、何も……」
藍子は「自分が後悔すること」はなんだろうと考えてみたが、思い当たることはなかった。
でも、あの須佐が大切なリズのサインCDの紙ジャケットにわざわざ細工までして入れたICチップとメモだ。絶対に何か意味があることだろうし、いずれ自分が後悔することが訪れるのだろうか、と藍子は思った。
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