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めぐみがいなくなって、バーの店内が一気に暗くなったような感じがする。藍子は何となく淋しい気持ちになった。
めぐみが座っていた席から、資生堂の香水「アンジェリーク」の匂いが微かに漂ってくる。
アンジェリークは藍子の母親が若い頃に愛用していた香水だ。藍子が世界で一番好きな香りだった。とっくの昔に廃盤になってしまって手に入らず、二度とあの香りをかぐことができない。
でも、なぜか心の中の声が聞こえない人間から目印のように微かに漂ってくるのだった。
藍子は大体の人間の心の中の声が聞こえるが、めぐみのように「霊感が強い」というような藍子と同じ特殊な体質を持っている人間の心は、何故か全く読めなかった。
ちなみに藍子は自分の家族の心の中の声も聞こえない。
父親と姉が強力な晴れ男と晴れ女だからだ。母親は特に霊感も強くないし晴れ女でもないが、多分神社の生まれだから心の声が聞こえないのだろうと思う。
特殊な体質でなくても、神社とかお寺とか教会とか神聖な場所の生まれの人間の心の声も何故か聞こえないことがあった。
藍子は心の中の声が聞こえない人間と一緒にいる時だけは、気持ちを休めて安心して過ごすことが出来る。
心の中の声を聞いてしまって、罪悪感を感じたり、相手の本心がわかって悲しい想いをしなくて済むからだ。
確か「アンジェリーク」って、フランス語で「天使のような」って意味だったっけ? と藍子は思った。
自分にとって、めぐみのように心の中の声が聞こえない人間は、気持ちを休められる「天使」みたいな存在、ということになるのだろうか。
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