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私は、気に入ったおかずは最後まで取っておくタイプの人間だ。
だって、最後に幸せが待っていると思えば、大抵のことは乗り越えられる。
いや、でもあれはラッキーパンチというか棚ぼたというか。
仕事でミスをした。
資料の数値がズレていた。
まだ今の部署に馴染めていないからとか、できの悪い新人に指導しながらだったからとか、週末だからとか。
言い訳ならいくらでも思いつく。
でも、「この会社、キミには向いてないんじゃない?」は言い過ぎじゃないですかこのヤロー。
そんな1日の終わりを鼻歌で終われる私は、単純バカなのかそれともこれが恋の何とやらか。
答えはすぐに出てしまいそうなので、考えるのはここまでにしよう。
「うん、いい」
入浴剤からじんわりと色が出てくるのを、タオルを頭に巻きつけながら眺める。
ざっくり色を浴槽全体になじませてから、ゆっくり足を入れる。
肩まで浸かって温まると、ほっと力が抜けていくのを感じる。
「環さん、いい匂いするね」
数時間前のことなのにリアルに耳元で残るのは、憧れの中野先輩に言われたからだ。
それは、すれ違った女性の香水かもしれないし、手にしていた遅めの昼食からかもしれない。
でも、私はそれで満足だった。
部署が変わって、なかなか話せない先輩と話せたから。
しばらく湯船に浸かっていると、かすかに桜の香りが鼻をかすめる。
この実家の桜の香りが大好きだった。
桜なら変わらないだろうと香水やアロマで似た香りを探したこともあったが、これに敵うものはなかった。
帰省した時に、作り主である母に伝えると張り切ってあまりに大量に送ってきてくれたものだから、置き場所に困るくらいである。
そうか、忘れないうちに職場で配ってしまえばいいんだ…。
そこまで思いついて、もう一度自分の世界に入る。
環さん、いい匂いするね。
環さんーーー
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