3/3
前へ
/7ページ
次へ
遠くでは、宴会のにぎやかな声がする。 酒が入ったにぎやかさは、ここでも変わらないらしい。 目覚めたばかりで体調が優れないからと人払いをしてしまえば、誰もここにはやって来なかった。 ひんやりと冷たい夜風に頬を撫でられながら、月と星だけに照らされた闇を眺める。 自分がどの時代に来て、誰の人生を生きていて、どうやって元に戻るのか。 日が沈む前から浮かんでは消える、それらの漠然とした疑問の答えは、まだ見つかっていない。 その度に不安だけがわき上がってくるので、これはきっと悪夢に違いない。 「こんなところにいては、またお身体に障りますよ」 「ひっ」 突然現われた明かりに驚いたのか、聞き覚えのあるような声に反応したのか。 「しっ」 静かに。 低く優しい声に諭されるようにして、飛び上がった心臓が落ち着いていくのがわかる。 「私です」 ぼんやりと照らし出された人物は 「せん...」 先輩。 というより、先輩に似た男性だった。 よく日に焼けていて、その歯の白さがよくわかる。 屋内仕事の彼よりも、がっしりしている印象を受ける。 「時間がありません」 なので、手短に申し上げます。 手を取られる。初めて触れた。優しくも無骨な、温かい手だった。 「俺と逃げてくださいませんか」 俺の桜を綺麗だと笑ってくれたのは、あなただけだったから―――。 ぽちゃん 顔を上げてまず襲ってきたのは、あまりにも眩しい光だった。 思わず瞑った目をゆっくり開けると、そこは見慣れた浴室だった。 浸かっている湯は桜色で、すこしぬるくなっていた。 「なにあれ...」 ポプリと一緒に、つぼみのついた枝が湯船に浮かんでいることには、気づかないことにした。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加