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「ただいま~」父が帰ってきた。
理絵はいつも通り玄関に駆けていくが、一緒に帰れなかった事に対して、まだ拗ねている悟は父の元には行かなかった。
母はそんな普段とは違う悟を見逃さなかった。
玄関に向かった理絵が「パパおかーり」と両手を開いて抱っこをせがむ。
父はそれに応え、「ただいま~」と理絵を片手に抱き寄せ、理絵の頬に自分の頬を擦り付ける。
「ん~…パパ、くちゃい」と嫌がる理絵に父は大袈裟にがっかりする。
それでも理絵を右手で抱きながら、左手には黒いビジネスバッグを持ち、リビングへと向かうとキッチンにいる母が「おかえり、洋介。遅かったわね」と言葉を投げる。
「ただいま………ん?まぁ、いつもこんなもんだろ」父は挙動不審にそう言った。
母が晩御飯の支度を終え、飯を運ぶように促す。
食卓には温かい飯が並べられ、四人でそれらを囲うように座る。
母が元気の無い悟に話し掛ける。
「悟?元気ないやん、どしたん?」優しい口調の母はどこか心配そうな表情をしていた。
この時、悟は父の運命を揺るがす言葉を放つ。
「あのね。今日学校から帰ってる途中に、お父を見つけて『一緒に帰ろ』って誘ったのにお父が『大人の事情があるから無理』って言って僕を放置して、女の人がいるお店に入っていったから怒ってるんだ」なんともまぁ、子供の説明力は断片的で恐ろしい。
父はそれを聞いて唖然として言葉も出ないでいると母も父を一瞥して悟に答える。
「怒っているのは悟だけじゃないからね~」悟に語り掛けるその表情は優しさの裏に怒りを秘めていた。
「ねぇね、おんなのみちぇってなぁに?」女の店…。空気を読めないのも無理はない。なんせまだ三歳児なのだから。それでも、女の店って……おっさんみたいな言い方しやがる。
「女の店ってなんだろうね~。パパに聞いてみよっか?」母が嫌味な言い方で父を責める。
父は心配に思う…そんな事ばかり覚えていく娘の姿を…。
「いやぁ、悟は説明が下手なんだよ…ハハハ」父が母に弁明を始める。
父はカフェで仕事の後輩の悩みに乗っていただけだと母に伝えるが、母はまだ疑っているようだった。
「ねぇね、おんなのみちぇってなぁに?」理絵がしつこく無意識に父の弱った心にジャブを打ち込む。
「女の店って言うのはねぇ~………」母の言葉を遮る様に父が被せてくる。
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