ゴリラの章 1

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 空気が乾いている。  琉璃(るり)は唇を軽く噛み合わせてみた。朝塗ったきりの口紅はすっかり落ちて、ささくれが立っている。  11月、深夜。  冷気は、気づかぬうちに耳たぶや指先を痺れさせていた。風はないが、冴えた気配が夜の底を這っている。琉璃はパワーウインドウのスイッチを入れた。  ガラス越しにでも、対象者(マルタイ)の部屋はしっかりと監視できる。交差点を挟んで、琉璃の乗るステーションワゴンと対角の位置。5階建てマンションの4階、道路に面した一室がそれだ。  ベランダ側の部屋の灯りは消えている。エントランスを出入りする人間もいない。  このまま、何も起きなければいいけど―― 「せんぱーい」  助手席から間延びした声が聞こえる。 「張り込み、飽きましたあ」 「まだ5分しか経ってないじゃない」  スーツの袖をめくって時計を確認しながら、琉璃が嘆息まじりに言う。  28歳にして初めて出来た後輩が、よりにもよってこんな―― 「先輩、何か面白いこと言って」  琉璃のこめかみに青筋が立つ。 「私をスマホのアプリみたいに使わないで」 「あー、うん。今のはイマイチっすね」 「……」  何か言うとブチ切れてしまいそうで、口をつぐむ。
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