ゴリラの章 5

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 シティホテルのロビーに着くと、伊野瀬(いのせ)功治はすでにそこで待っていた。ソファに腰掛け、スマートフォンを(いじ)っている。  約束より5分ほど遅れていた。琉璃は小走りに彼に駆け寄る。その後ろを、芳乃が不承不承(ふしょうぶしょう)についてくる。 「伊野瀬さんですね。遅くなってすみません。お電話でお約束していた桜井です」 「いえ、お気になさらず。ご苦労様です」  琉璃が頭を下げると、伊野瀬は椅子から立ち上がった。  大柄な琉璃でも、見上げるような長身。分厚い胸板に、立体的な仕立ての濃紺のスーツがぴったりと貼り付いている。浅黒く焼けた顔が、朴訥(ぼくとつ)に微笑む。 「要件ふけきご……」  自己紹介の初っ(ぱな)で噛む琉璃。「ぷっ」と噴き出した芳乃を横目で睨んでから、続ける。 「要件不適合事案調査室の、桜井と申します。お休みのところ、ありがとうございます」  琉璃が名刺を差し出す。反射的に伊野瀬も自分の名刺を取り出した。いかにも営業マンという板についた仕草。 「伊野瀬です」  厚みのある(たくま)しい手につままれた名刺が、やけに小さく見える。 「小葉っす」  芳乃は名刺の代わりに、伊野瀬の鼻先に警察手帳を突き出した。
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