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「こらっ、そんなものここで出さないの」
いたずらな子を持て余す母親のように、琉璃が小声で芳乃を叱る。伊野瀬は鷹揚に笑い、「座りましょうか」と二人に促した。
「また警察署に呼び出されるのかと思ってましたよ」
「いえ、私たちの扱う事案はデリケートな面がありまして、こういった場所でお話をうかがうことが多いんです。本間さんの事、心からお悔やみ申し上げます」
琉璃の言葉に、伊野瀬は首をうなだれる。首の太さが、芳乃のウエストほどもありそうだ。
「正直、まだショックから立ち直れていません。あまりに突然で」
決して器用ではなさそうなゴツゴツした顔に、憂いが差した。
伊野瀬は殺された本間の同僚で、数年先輩にあたる。精密機器販売会社の営業部で、二人は営業成績を競い合う間柄だった――と、捜査資料にある。
琉璃は言葉を失ったまま、彼をじっと見る。ホテルの照明が、彼の彫りの深い顔にいくつもの影を落としている。
緊張して、手のひらが汗ばんでいた。伊野瀬のような、がっしりしたスポーツマンタイプの男性は、正直言って好みのタイプだ。年齢は34歳。独身。一部上場企業勤務。元ラガーマン。
彼の非の打ち所のないプロフィールと顔を見比べながら、琉璃は頬をわずかに紅潮させた。
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