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助手席の後輩、小葉芳乃は、座席に浅く寝そべるように姿勢を変えた。両手をモッズコートのポケットに突っ込む。
大きな丸い瞳に被さる、眠そうなまぶた。顔の下半分は襟のフェイクファーに埋まっている。世をすねたようにふてくされた顔。横柄な態度からは、先輩に対する敬意が微塵も感じられない。
何が気に入らないのか、8つ年下のこの後輩はたいてい不機嫌だ。仕事を与えると、露骨に面倒臭そうな態度を示す。集中力が長続きしない。小っこい見た目に等しく、中身も子供。
メイクの一つすらして来ないコイツのせいで、こっちは気兼ねなく口紅も直せやしない――
「あっ」
芳乃が叫び、バネ仕掛けのように跳ね起きた。琉璃もその視線の先を追う。
4階のベランダから半身を乗り出す男。対象者――岸本だ。黄色い点滅信号に、ジャージ姿が浮かんでは消える。
手すりの上から、ひょいとジャンプして脇の雨どいに取り付く。と思うと、雨どいを滑り棒のように使って地面に降り立ち、琉璃たちの車に背を向けて走り出した。それがまるで日常的な習慣であるかのように、事もなく。
琉璃が慌てて車載無線機のスピーカーマイクを取る――取り落とす。
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