ゴリラの章 1

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 助手席の後輩、小葉芳乃(こばよしの)は、座席に浅く寝そべるように姿勢を変えた。両手をモッズコートのポケットに突っ込む。  大きな丸い瞳に被さる、眠そうなまぶた。顔の下半分は襟のフェイクファーに埋まっている。世をすねたようにふてくされた顔。横柄な態度からは、先輩に対する敬意が微塵も感じられない。  何が気に入らないのか、8つ年下のこの後輩はたいてい不機嫌だ。仕事を与えると、露骨に面倒臭そうな態度を示す。集中力が長続きしない。小っこい見た目に等しく、中身も子供。  メイクの一つすらして来ないコイツのせいで、こっちは気兼ねなく口紅も直せやしない―― 「あっ」  芳乃が叫び、バネ仕掛けのように跳ね起きた。琉璃もその視線の先を追う。  4階のベランダから半身を乗り出す男。対象者(マルタイ)――岸本だ。黄色い点滅信号に、ジャージ姿が浮かんでは消える。  手すりの上から、ひょいとジャンプして脇の雨どいに取り付く。と思うと、雨どいを滑り棒のように使って地面に降り立ち、琉璃たちの車に背を向けて走り出した。それがまるで日常的な習慣であるかのように、事もなく。  琉璃が慌てて車載無線機のスピーカーマイクを取る――取り落とす。
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