ゴリラの章 2

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「知性に代わって、本能が行動を支配します。普段、人間が本来持っている元始的な能力って、理性によってセーブされているんです。それがブレーキを失って、開放されます。野生動物のように」 「つまり、人間がゴリラのようになると?」  鈴井は、性急に結論を求める。 「症状は人によって様々です。凶暴になる人もいれば、人目を避けて暗がりに逃げ込む人。ネズミや鳩を捕まえて食べてしまう人なんかもいますよ」  洒脱な小話でも語るように、主任はくすっと目を細める。  加賀主任こと、加賀うめ警部補は、およそ警察官らしからぬ柔らかな気品を備えた女性だ。  ウエーブのかかった長い黒髪。華美ではないが女性らしい装い。古風なファーストネームそのままの、おっとりした物腰。  三十代半ばといった風采だが、本人は(かたく)なに自分の年齢を明かさそうとしない。 「なるほど。魂の抜けた者だから()()()()、ですか」  白石が納得したという顔つきで腕を組む。 「ご当人の前でそう呼ばないよう、ご注意くださいね。ちょっと差別的なニュアンスがありますから」  加賀主任に笑顔でたしなめられ、首に手をやって恐縮する白石。
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