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その日の放課後、伴奏者となった小林と指揮者に立候補した園崎は、並んで音楽室に向かっていた。これから合唱コンクールについての説明会がある、と園崎は説明した。昨年も指揮者を務めたという彼女には、今後の見通しが立っている様子だった。
夏休みは終わったが、険しい残暑はいまだ校舎中に充満している。それに対応するためか、春利と園崎が到着したとき、音楽室の扉と窓はすべて開け放たれていた。まばらで風通しの良さそうな間隔で30脚ほどの椅子が並んでいる。その半分近くは既に他のクラスの生徒たちで埋まっていた。これから全学年、全クラスの指揮者と伴奏者がここに集合するのだと、園崎が椅子のひとつに腰掛けながら語った。春利も同じように座ると、目の前にプリントが差し出された。見上げると音楽の田浦先生が微笑んでいた。
「2年5組は、あなたたちなのね。どっちが指揮で、どっちが伴奏?」
田浦先生はいつもと変わらぬ優しい調子で尋ねた。間髪入れずに園崎が答える。
「私が指揮です。ねぇ朋子先生、実は小林くん、ピアノが趣味なんですよ」
田浦先生は澄んだ瞳をひときわ大きく開いて春利の顔を覗きこんだ。
「へぇ、そうなんだ。先生、小林くんのピアノ、まだ聴いたことない。伴奏、楽しみにしてるね」
「いえ、そんな……」
僕のピアノなんて対して上手くもないし、最近は全然弾いていないし。そう言い訳しようとしたとき、春利の隣の椅子に別のクラスの生徒が座り、先生は彼ら用のプリントを取りに行ってしまった。でもその頃の春利は、まだ朋子先生と話せなかったことを残念には思わなかった。
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