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 みんなはこのクラスの誰かが犯人かもしれないとは思わないのだろうか。動機が分からない殺人に対して、自分も殺されないだろうかと思って怖くないのだろうか。どうして、朝からみんな田中くんのことなんて忘れたかのように受験の話とか、恋バナとか、昨日観たユーチューブの面白い動画の話とかをしているのだろう。あまりのショックで気狂いにでもなったのだろうか。  でもそんなこと言ってる私だって一緒なのかもしれない。私にとって田中くんが死んだことはそんなにショックでもなかった。もちろん少しは悲しかった。だけど本当はどうでもよかった。私は理子のことばかり考えていた。田中くんが殺される一週間前に、公園で理子が野良猫を殺しているところを見た時から、ずっと理子のことが頭から離れなかったのだ。 「この公式は、ここ数年の入試でめっちゃ出てるから絶対覚えとけよ」  異常に太っていて肌の色が明らかに不健康な数学の教師がとくべつ大きな声を出して言った。私は入試に出るという言葉に無条件に反応してしまって赤いペンでノートに公式をささっと書く。結局、他人の命より自分の小手先の未来の方が大事なんだ。  理子は私の列の一番前の席に座っているから今は私からほとんど見えない。けど、真面目な理子のことだからちゃんと授業を受けているのだろう。私の学校は田舎では一番の進学校だったから、受験前の今はふだんなら寝てばかりいた不真面目な男子も真面目になって勉強している。たまに寝てる人もいるけれど、それは家で夜遅くまで勉強しすぎた子だ。塾に通っている子がほとんどで、私も大手のところに通っていたから、学校がなかったこの一週間も毎日のように行っていた。理子も同じ塾に通っていたけれど、この一週間はたぶん来てなかった。少なくとも私とは会わなかった。授業を聞かないで自習室に行く人もいるから、もしかしたらそっちに居たのかもしれないけど、私は会うのが怖かったからいないことに安心した。
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