プロローグ

2/4
前へ
/233ページ
次へ
 記憶の中の母は、いつも泣いていた。 「ルナ。今日の予約リストだ」  誰もいない控え室のソファに寝転んでいると、顔の上に一枚の紙を乗せられた。 「邪魔。今いい所なんですけど」  読書中の視界を遮られたことに不満を漏らすと、この店のオーナーである黒崎慎は仕事が先だと本を取り上げる。  ルナを見下ろす黒崎の目つきは鋭い。  良く言えば硬派、悪く言えば冷たい。黒崎はそんな男だ。元々口数が少ない上に口調も鋭いので、店のスタッフが愛想が無い、怖いと言っているのを頻繁に耳にする。 (あーあ。笑えばもっといい男なのに)  仕事中は常にスーツ。180を超える長身で愛想なし。威圧感の塊のような男だが、顔はハッキリ言って美形。モデルだと言われても納得のスタイルと顔立ちだ。 「ぼーっとするな。予約リストを確認しろ」 「言われなくても、予約なら出勤した時に確認してますよ」  何年この仕事をしていると思っているのか。  いいから本を返せと手を伸ばすと、黒崎がいつもより小さな声で言う。 「……オプション希望の連絡が入った」  その一言でルナはがばりと跳ね起きた。     
/233ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1299人が本棚に入れています
本棚に追加