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「おかえりー!待ちくたびれたよー」
時刻は20時20分。
清斗(きよと)が帰宅すると、家の前にはモコモコと着ぶくれた黒縁眼鏡の成人男性が座っていた。
もう、寒くて凍傷になるかと思った。早く入れて!
背中と頭をドアに預け、へらへらっと笑いながら部屋へ入れてくれとせがんでいる。
なるべく他人のふりをしたいが、残念なことにこいつは、清斗の20年来の幼なじみ。名は朝陽(あさひ)。
「遅くなるかもしれないから帰れって言っただろ?」
それに、もう3月だから凍傷になるほど寒くはない。
「だって、入りたくなったんだもん、お風呂」
「何回も言うけど、自分の家があるだろ、自分の家が」
「えー、これも何回も言うけど、小さいときからの習慣で、清斗の家の湯船にしか浸かれない体質になっちゃったんです!」
「嘘つけ」
「嘘じゃないですー!お邪魔しまーす」
ドアを開けたそばから、家主よりも先にスタスタ入る。
手慣れた手つきで電気をつけて、浴室のセッティングへと向かう。
「よし、湯沸かしボタンをポチッとな!」
「風呂が沸くまでの間に、話しておきたいことがある」
「あらあら、どうしたの?そんな改まっちゃって」
「僕は、昨日、婚約した」
「えっ、えっ!ほんと?!おめでとう!!」
「ああ、ありがとう。近々、入籍する予定なんだ」
「うわ、清斗が既婚者に……?!すごいよ、大発見大発明だよ!!早く俺の親にも報告しなきゃ!町内会に回覧板を回さないと!」
「と、とりあえず落ち着け。あと、おばさんにはまだ言わなくていいから。本当に回覧板回しかねない……」
「まあ、うちの親は行動力の化身だからね!」
「おまえが小学生のとき、僕の隣に越してきた時もすごかったよな」
「そうだねー。急に清斗の家に押しかけて「隣に越してきました!共働きで家を留守にすることが多いので、この子の面倒を見ていただけると助かります!」って俺、見ず知らずの人の家に預けられたからね」
「懐かしいな。その日から毎日、朝陽の親が帰ってくるまで預かることになったっけ」
「そうそう、そこから俺の清斗家お風呂ライフは始まったわけなのでした」
「その話なんだけど、僕が結婚したら、おまえのお風呂事情はどうなるんだ?」
「え、新居に遊びに行くけど?」
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