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朝陽が風呂に入っている間、清斗はうつらうつらしながら、幼い頃を思い返していた。
決して広くはない浴室で、水をかけあってはしゃいだこと。
朝陽の親が買ってくれたお風呂用玩具で遊んだこと。
あひる、お船、水鉄砲。
水鉄砲で西部劇を展開しつつ、お船をタイタニック号にみたてて沈めたっけ。
遊びすぎてのぼせて怒られたこともあった。
なんだかんだ言って、楽しかったかな。あのころ。
まあ、中学生になってからも、高校生になってからも、朝陽はうちに上がり込んでは、くつろいでた気がする。
大学生になってからも、フリーターになってからも、しばしば僕の家に来ては、風呂に入ってご飯食べて帰っていく。
子どもの時と変わってないな。
これから変わるんだろうか。僕が新しい家族を持ったら。
「やっぱり清斗の家の風呂が最高だよね~」
ふわふわと、石鹸の匂いをさせながら、朝陽が出てきた。
ほかほかの、しあわせの匂い。
「今度、おまえの家の風呂、片付けに行くよ」
「げ、本気で言ってるの?あの魔の巣窟を……?」
よほど新居に来て欲しくないんだねー、清斗のケチ。と朝陽がむくれる。
違うんだ、そうじゃなくて。
僕は僕で、新しい家庭を築いて、やっていくからさ。
この、しあわせの匂いがおまえの家にも満たされればいいのにって思ったんだ。
うまく言えないから言わないけど。
今までもこれからも。
お風呂のしあわせの源流は、朝陽との思い出にある。
きっと朝陽は僕の新しい家に越しても、風呂に入りに来るだろう。
そして将来、僕と妻と子どものアルバムに、ちゃっかり映り込むんだろう。
そんな気がした。
でも、それでいい気がした。
しあわせの匂いは、まだ部屋の中に漂ったままで。
僕も無性に風呂に入りたくなった。
――おわり――
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