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赤信号で車が止まった。交差する道路を一台の車が通り過ぎていく。
「私も……」
私の声に応えるように、林田がこちらに顔を向けた。
「私も林田と一緒に思い出を作りたい」
にっこりと微笑んだ顔から、「おう」と短い言葉が返ってくる。
「楽しいことは二人一緒だ」
シフトレバーに乗せられていた手が伸びてきて、私の右手を包み込んだ。するすると指が絡み、しっかりと握り込まれる。
「一緒に……」
「ああ」
上目遣いに茶色の瞳を見た。握られた手も、見つめられる顔も、林田でいっぱいな胸も、全てが熱い。
「でも、もしも楽しくなかったら、お山の向こうに飛ばしちゃうんだからね」
林田は笑った。
「あはは。そうだな」
繋がれた手を引かれ、上半身が僅かに傾く。笑いの余韻が残る林田の顔が近付いてくる。
「今この瞬間が楽しい思い出の一つ目だ」
そう言った林田の唇が私のそれに重なった。林田の言葉は小さなキスにだって魔法を掛ける。
(これが一つ目)
微かに聞こえるワイパーの音、ラジオの声。信号が変わるまでの短い時間。
(早く、桜が咲けば良い)
『…………それではR製薬のトライアングルラバーズ。お相手はトライアングルのサッチでした。お休みなさい、また明日』
春はきっとすぐそこだ。
終
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