春待ちの木々

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 廊下の雪だるま啓蒙ポスターの前で、丁度外回りから帰ってきた林田に会った。 「おう、お疲れ。早いな」  いつも通りニカと白い歯を見せて笑う顔に、体温が上がる。 (相変わらずタイミングが良いのか悪いのか) 「お疲れ様。だって五十日だもん」 「そだな……お」 「え?!」  急に手を引かれて鼓動が跳ねた。引かれるまま壁際に寄ると、その後ろを帰宅する社員が通り抜けていく。 「お疲れ様でしたー」 「お疲れ様っス」 (たったこれだけのことなのに)  胸が苦しい。ドキドキと高まる鼓動は嬉しいからなのか、辛いからなのか。 (どっちにしたって苦しいことには変わりない)  目の前にある紺色のネクタイが、どうしても男を意識させる。  林田のくせに。
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