銀鎖の茜は九十九に重なりて床に臥す

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 空虚な筈の部屋には薄気味悪い空気と下卑た声が響く。強烈ながらか細いそれらにくるまりながら、私はまた瞼を閉じた。                  ◇  はた、と目を覚ます。  いや、正確に言えば醒めた。  まるで多量のアルコールを飲み干しそのまま眠りについた後のような感覚が脳をこねくり回していた。  だが、目が開くと同時にその感覚が消えた。理由は分からず、別に知る必要も無いだろう。  相も変わらず雑魚寝をしていた体は軋み、頬どころか眉間の近くまで畳の跡は残っていた。触ってわかるレベルなら、鏡に映る自分は相当な滑稽極まりない姿なのだろう。  むくりと体を起こす。外はまたもや茜色、ここ数日この空以外を見た例(ためし)がない。 出来るなら美しい月が見たい。しかし今の私に望めることなぞ限られている。あまり高望みはするものでもない。 私はまた鉄瓶を持ち上げ、コップに注ぐ。昨日となんら変わらない液体が注がれ、煌くそれに何故かこの時だけ目を奪われた。 今この場所この時だけは、この液体だけが絶対の権限を所有している。その崇高さと神聖さに、果たして目と心を奪われない者が居ようか?いや、居ないないだろう。 生唾を呑み込む。 一瞬臆したが、しかしやることは変わらない。     
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