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昼間の商店街は適度な静けさに包まれていて心地がいい。おしゃべりしながら買い物をする主婦、自転車でゆっくり通り過ぎる酒屋の親父、陽だまりでうとうとする野良猫。どこにでもあるごく普通の風景が、オフィス街で働いている佐古田にはとても眩しく見える。
この場所で暮らす桐乃のことをふと考える。佐古田にはこんな穏やかな時間も居場所もなかった。急に、桐乃の存在を遠く感じた。
そんな取りとめもない感傷を振り払って前を向くと、噂の桐乃が居た。気づけばペットショップの前まで来ていたのだ。
桐乃は店の前で若い女性と楽しそうに話していた。ペットキャリーケースを抱えているので恐らく客だろう。先日言っていたウサギを引き取りに来たのかもしれない。接客中に邪魔するのも無粋だと思い、気づかれない程度に距離を開けて物影で待機。本当は自分も客なのだから遠慮する必要はないのだが。何かおかしなものを感じながら待っていると、微かにだが二人の話し声が聞こえてきた。
「――じゃあなるべく早く保健所につれてってくださいねぇ」
「桐乃くん、何から何までありがとうね」
桐乃くん。それがあの店長を指す名詞であることにはすぐ気づいたが、違和感を禁じえない。その呼び方が妙に親しげだったからかもしれない。もしかしたらただの客ではなく、知り合いなのかもしれない。
「いーえー。これも仕事ですしぃ」
「あ、そういう言い方するんだー。仕事だから仕方なく私に優しくしてくれたっていうの?」
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