2 おはなししましょう

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 佐古田の住むマンションはその町と近くはない。厳密にいえば、職場から近くない。人の多いところで暮らすのはどことなく窮屈で、実家が県内にあるにも関わらず、ひとりでマンションを借りて住んでいた。あそこは佐古田の城だ。仕事からも立場からも解放されて愛犬と二人きりで過ごすための、堅固な城。思えば、他人を招き入れるのは初めてかもしれない。 「うっわーでっかぁーい!」  玄関を開けた第一声がそれだった。超高級マンションというほどではないが、それなりに立派な部屋だということは自負している。三人掛けのソファを二つ置いても十分な広さのあるリビングに、カウンターのついた対面キッチン。他には部屋が二つとバルコニーがあり、その全てをセピアカラーで統一していた。実家が純和風な造りなのでここはなるべく洋風にそろえてみたのだが、結果としてどこぞのホテルのようになってしまっている。  おじゃましまーす、と控えめな声を立てて靴をしっかりそろえた桐乃に、もうひとりの住人が「わん!」と元気のいい歓迎を寄越した。 「ただいま、ヨシ」 「わー大っきくなったねぇ」  佐古田の家に引き取られる前に桐乃のところで暮らしていた頃を思い出したのか、愛犬、ヨシユキは両手を広げた桐乃に顔を擦りつけてくんくんと甘えた。  一方佐古田は自分の家だというのになんとなく落ち着かない。自分だけの領域――圧倒的にプライベートな空間に他人が存在するゆえかもしれないが、なんだか、そわそわそわそわと。背中がむず痒い。やはり、この自分だけの城に他人を連れてくるべきではなかったろうか。     
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