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キッチンから投げかけた声に、桐乃はヨシユキの前足をつかんだままきょとんとしていた。桐乃が一人暮らしだということは知っている。食事を作ってくれるような相手がいないことも、明日は店が休みなはずだから今日は特に早く帰らなくても大丈夫だということも。
「えー……でも、」
「礼だ。遠慮するな」
「そうじゃなくてぇ」
「ああ?」
「佐古田さんが作るの……?」
なるほど、納得した。いい年した独り身の男。仕事にかまけっきり。家庭的ではない。そういう雰囲気は佐古田のいでだちや部屋からだだ漏れているのだろう。心底不安そうな顔をする桐乃に、思い切り人の悪い顔で笑ってやった。
「あまりの美味さに腰抜かすなよ?」
うそだー信用できないーとけらけら笑う。本来なら佐古田はこういう飄々としたタイプの人間は好きではない。腹の底を探らせないようなのらりくらりとした態度もイライラする。だけれど桐乃からは、不思議とそういうものを感じなかった。人のパーソナルスペースにすとんと入り込んで、そのままひょいひょい出入りする。それが不快感を与えない、そんな奴だ。
気づけば佐古田もだいぶ侵されていると思う。全くの他人を家に上げるなんて、考えたこともなかった。
「すげー、普通にうまそぉー」
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