サンキチ~既知外者(きちがいしゃ)の流儀~

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正に羊。柵で囲われた中から出る事も、出る意味すら考えない。彼等を食う狼が来ても 仲間が食われるのを横目に、自分の死ぬ順番を待っている。 こんな“狼の真似した羊”にすら、拳一発見舞う事もできないときた。 (所詮は“既知内”の常識人。仕方ないと言えば仕方ないか…) 酔いが冷めていく体を呪う。すっかり気分が台無しだ。 「酷いね。」 俺の隣にいた女性が、顔をしかめ、本当に困ったという表情で呟く。そちらを向き、 軽く頷いていてやる。好きなタイプと言われても特にないが、強いて言うならば こんな“風呂にも入らず、酒ぐさ、悪臭まんまん”の俺の隣に来ても、 顔色一つ変えない奴がいい。 「何とかしないと、駅員はまだなの?」 続ける彼女は、自身の手提げ袋をお守りのように抱きよせた。 俺の視線がそこにくぎ付となる。“赤ワイン”の瓶が見えた。 貰い物か?それとも明日が休日? 安ワイン?高級ワイン、どっちでも、何だってもいい。 沸き起こる快楽への直球的感覚に、 身を任せるとしよう。 「それ、もらえるか?」 ニヤリと笑い、酒を指さす。 「えっ?…」 「ワインをくれたら、この事態を解決してやるよ。」 訝し気、かつ、不安げに俺とワインを交互に見比べた彼女。数秒の翔潤… やがて意を決したように 「はいっ」 と、俺にワインを差し出す。最高!… この女は惚れるに値するな。 「あんがとよっ」 お礼を言い、下腹と下肢に力を込め、一気に飛ぶ。 「嘘っ!?」 ワインの彼女が驚愕に目を開く。ついでに乗客全員の視線も独り占め。 頭何個分?の狭さの天井を跳躍し、飛びぬけ、酔っ払い男の前に立つ。 (何人かの頭に足がぶつかったのは勘弁してもらいたい) 男を含め、乗客達が“化け物でも見た”って感じで目を、俺を見た。 そんな目で見るなよ。お前等は空間の概念に囚われすぎなだけだよ。 こんなの誰でも出来るぜ?本当はよ。 「な、何だよ?」 ビビり切った彼の首元へ、静かに手刀を放つ。見事に命中。造作もなく、床に崩れる男は、 そのまま口から吐しゃ物を静かに垂れ流していく。 事を終え、立ちすくむ俺の耳は(最も上げすぎて“角”に近い耳だが) 風のようにこちらに流れこんでくる囁き声を、否応なしに聞いた。
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