「酒豪」

1/7
前へ
/76ページ
次へ

「酒豪」

京は伏見 雪がうっすらと積もる碁盤の目の如き城下町を二人の侍が言い争いながら歩いている。 「太兵衛殿っ!くれぐれも くれぐれも殿の命お忘れなきよう!」 いかにも神経質そうな侍が前を歩く大男に耳打ちする。 「分かっておるわ!仮にも長政様の名代できたのじゃ 左様な真似するか!」 そう答えてもごちゃごちゃとうるさい目付け役を鬱陶しそうにあしらうこの侍 名を母里 但馬守 友信 通称 太兵衛 見上げるような体躯に赤く染まった面長の面 長く太い手足にはくぐり抜けてきた修羅の道を物語る刀傷が鱗のようにビッシリと着いている。 まるで蟒蛇(うわばみ)を思わせるこの男は九州博多に城を構える黒田藩の重臣中の重臣 黒田八虎の1人に数えられる猛将である。 そんな男が今帯びている主命はある武将との会談である。 時は文禄5年2月某日 豊臣秀吉による天下統一がなされ長きに渡る戦乱の世は一応の終焉を迎えたかに見えた。 されど秀吉の暴走とも言える朝鮮出兵が勃発。それに駆り出される武将達に大きな被害をもたらした。 そのひとつに太兵衛が主君 黒田長政と今日尋ねる武将 福島正則との間に諍いが起きたのだ。 他の武将達の政治的な諍いに比べ真に子供じみた内容の諍いで家臣一堂呆れ 秀吉もそんな瑣末な事にまで構ってる暇もないのかお咎めもなし。 そんな諍いなのだが大大名同士なのでなにか落とし所が必要となった。 大体この二人は幼き日よりそりが合わない。 長政がまだ松寿丸と呼ばれていた頃当時の秀吉の居城 長浜城で人質生活を送っていた頃からの付き合いでよく本の虫だの腰抜けだの挑発しては槍の鍛錬に連れ出しボコボコにしていじめると言った事をしたのが正則である。 そんな根深い因縁を持つ二人を取りなすためにわざわざ御台所 北政所(ねね)があの頃の二人を叱るように言い放った。 「おみゃーらの兜を交換しなされ!」 子供の時から頭の上がらないかか様の言いつけでは天下の猛将も大大名も形無し。それにて水に流すことになった。 本来本人同士でやればいい事を主君長政は 「向こうから仕掛けてきて何故儂が尋ねねばならぬ」 と意地を張り代わりに太兵衛が赴く事になった。 ただこの太兵衛 唯一つ問題点があり無類の酒好きで家中でやらかした事も多々ある。そして正則もまた酒豪の悪酔いである。 何かが起きる予感がしてこの目付(下戸)は神経質になっているのだ。
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

79人が本棚に入れています
本棚に追加