「鏖殺」

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「鏖殺」

「お主!それは本気で申しておるのか?」 時は戦国天正13年(1585年) 蝉が喧しく騒ぎ北国でも汗ばむ陽気の8月 軍議を終えた米沢城の一室に怒号が響く。 声の主の名は伊達 藤五郎 成実 齢は17 年若だがその面にあどけなさは無く闘犬の様な殺気に満ち、熊の様な巨躯を怒りでわな尽かせて1人の男の胸ぐらを掴んでいる。 「離さぬか藤五郎!儂が今まで嘘を言うた事があるか...」 怒鳴り散らす成実を疎ましそうにあしらう青年。 彼の者の名は片倉 小十郎 景綱 齢は27 成実よりも10も年上だが涼し気な雰囲気 どこか色気のある面で幾分か若く見え成実とさほど変わらぬ様にも見える。 通称「知の小十郎」 「これは政宗様が決めなさった事だ 我々家臣はその命に粛々と従うのみ...」 「されど主君が誤った道に進もうとするのを諌めるのも家臣の務め!側近のお主の役目であろう!」 年の離れた2人だったが気兼ねなく腹を割って話す仲。 幼き日より伊達家当主政宗の守役として小十郎が 従兄弟として成実が共に学んだ仲である。 「これの何が間違っておるというのだ!盟約を破り蘆名に走った大内を討つ。道理も利も大義もある戦だ!」 「されど...されど!兵以外も一切容赦なく鏖殺しろとはどういう腹づもりだ!」 「...必要な事なのだ。」 冷たく言い放った小十郎はそれきり黙りこくる。 既に初陣は遠く戦の荒波に揉まれてきた成実はこの軍議で初めて戦を恐れた。 事の顛末はこうだ。 昨年天正12年冬 伊達と敵対する蘆名氏に与する大内定綱が突如伊達家に与すると申し込みそれを当主政宗は了承。 されど大内は重臣たちの説得で心変わりし再び蘆名についた。 これに激怒した政宗は先に蘆名を攻め敗戦するもの蘆名の喉元 檜原に築城 蘆名の動きを封じ全力を持って裏切り者 大内を討つ事となった。 今日はその大内攻めの軍議が行われ成実はまた己の武勇が発揮出来ると上機嫌だったが軍議の締めに当主政宗が放った一言で一変する。 「城内にいる将兵 民 女子供 馬 果ては犬すらも容赦せず鏖殺せよ」 自分以外の重臣たちは何の迷いもなく席を立ったがまだ子供と言っても差し支えない成実は納得いかず参謀の小十郎に食ってかかっているのだ。 「もう良い!貴様では話にならん!」 「待て!どこにゆく!」 「当然殿の所じゃ!こんな事何としても辞めさせてやる!」
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