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「歴戦」
「急げー!グズグズするなぁ!!」
侍大将の張りのある声が陣中に響き渡る。
時は慶長20年(1615年)4月某日 紀伊国
乱世を終わらせるべく始まった徳川軍による豊臣家殲滅のための戦 「大阪冬の陣」
激しい戦の後一応の和議がなされるも半年も立たぬ内に勃発した一連の戦 所謂「大阪夏の陣」の火蓋は切って落とされた。
全国各地の大名が大阪に殺到する中の一つ 鷹の羽紋が旗めく陣 紀伊 浅野家の陣中も慌ただしく戦の支度に取り掛かっている真っ最中。
その喧騒の中にあってまるでこの世から切り離されたかの如く異様な静寂を保つ陣があった。
それは森 奥深くの湖畔のように静かでありながら 身じろぎ一つ 咳払い一つすらはばかられるような緊張感は孕んだ陣。
ぐるりと囲うように張り巡らされた陣幕には真ん中をくり抜いた菱形紋 通称釘抜き紋が力強く描かれている。
陣幕の中には二人の男が釜を挟んで座っている。
サリサリサリサリ
陣幕の外は駆けずり回る雑兵の足音やそれを指揮する侍大将の声 鎧が擦れる重い金属音がけたたましくなっていたがこの二人だけの空間には茶筅で抹茶をかき混ぜる細やかな音のみが広がった。
茶を立てる亭主を見つめるのは緊張で固くなっている若侍。
名を浅野長晟(ながあきら)という。
この時まだ30歳にも届かぬがこれでも紀伊国二代藩主として重責を抱えながら生きている。
そんな大国の領主がまるで裁きを待つ罪人の様にかしこまっている。
その原因は具足だけを脱いだ臨戦態勢の出で立ちで茶を立てる男にあった。
男の茶の作法はまるで武道の達人が見せる立ち回りの如く無駄が一切なく 隙もない。迂闊に手を出そうものなその手を切り落とされるような錯覚を覚える。
「どうぞ...」
質素な木椀を2回左に回し これまた質素な筵に差し出す亭主の低く重い声。
声の主 名を 上田 主水正 重安 世には茶人武将 上田宗箇(そうこ)としてその勇名を轟かせている。
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