「歴戦」

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「上手い...」 ゴクリと茶を飲み干した長晟の緊張した顔が綻ぶ。 まだ肌寒い4月の気候に合わせた少し熱めの湯 戦のさなか張り詰めた空気の中でも飲みやすい薄茶に近い濃さ。固く無骨な雰囲気と繊細さを合わせ持つ宗箇の席に長晟は癒されていた。 「流石は上田殿 見事な点前でござった...」 空になった碗を戻し解きほぐれた長晟は穏やかな顔で宗箇の腕を賞賛した。 「いえ...しかし急な来客に驚き申した。この私に急ぎの用でも...」 椀に湯を注ぎながら宗箇が尋ねると長晟はまた気難しい様な険しい顔に戻りふぅと大きく溜息をついた。 「いや...昨年から続く戦に少々疲れたのでな...他の家臣にはこんな姿など見せられぬ...不躾な来訪すまなかった。」 さる資料にはこの二人は不仲だと記されるが長晟は浅野家の誰よりも上田宗箇を信頼している。 兄の急逝による突然の代替わり しかも前当主の子供では無く弟と言う立場。 自分も含めて戦を知らぬ世代や頭の硬い重臣達を率いて徳川の顔色を伺う日々 大名としての重責、そして元の主君でもある豊臣家に刃を向ける日々にまだ若さの残る長晟は疲れきっていた。 一方の宗箇もその名声とは裏腹に浅野家 家中では孤立していた。 重臣達は自らの立場を危うくしかねない宗箇を疎み 戦場に立つ宗箇を知らぬ世代は誰はばかる事無く「殿は茶の湯法師を一万石で召し抱えられたか」など揶揄している。 実際先の冬の陣で宗箇が一番隊の指揮を志願するも他の重臣に阻まれ結局三番隊となりそれが不服とし浅野家に緊張が走った。 結局宗箇は客将である自分の身分を弁え引き下がったがその戦では手痛い被害を被った。 それに宗箇にとっても豊臣家は親戚にあたる。 彼の妻は豊臣秀吉の妻 寧々の従兄弟にあたる女性でありかなり血の濃い間柄。しかも武辺者だった宗箇を大名に取り立てて貰った恩もある。 当主と客将 立場は違えども周りに頼ることの出来ない寂しさとこの戦に対する後ろめたさは同様で長晟は度々宗箇の茶を飲みに来る。 それは一時の癒しを求めていると同時に自分とは違いしっかりとした自らの意思と価値観を胸に秘める宗箇に近づきたいという一種の憧れでもあった。 「教えてくれ上田殿...なぜ貴殿はそう堂々としていられるのだ?儂は怖い。未熟な儂の采配で多くの命が散るのも お家取り潰される事も怖くてしょうがない。儂は...弱い人間なのか...」
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