「伝令」

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そして遂に武田の攻め手が城の生命線である兵糧蔵に届いてしまった。 奥平勢の抵抗虚しく武田の火矢が雨のように降り注ぎ兵糧と戦う意欲を燃やし尽くした。 武田の軍勢が去り火も消し止めたものの残ったのは消し炭になった兵糧と立ち尽くすたった500人の武者。 「このままでは・・・皆の者!顔を上げよ!今に殿が駆けつけてくださる!!」 若い当主が必死に士気を保たんとするも目の前の現実が精強な三河武士の心を打ちのめしている。 兵糧はほぼ失い 手勢は僅か500 相手は成熟期にある戦国最強武田軍15000 鬼も裸足で逃げだしそうな絶望的な状況である。 しかしこの城を捨てて逃げる訳には行かない。 ここ長篠城は今 対武田の最前線。ここで僅かな時でも持ち堪えなければ武田軍は徳川領に雪崩込み暴虐の限りを尽くすだろう。 おまけに一つの支城があっさりと開城すれば連鎖反応の様に寝返りが続き武田軍は無傷のまま突き進み その結果待つのは蹂躙される三河の土地。 しかも今は先代信玄から代替わりした勝頼が指揮を執っている。 かの若く不運な当主は目に見えた結果を欲しがっている。 民達の生活 先代との比較 重臣達の目 血気に逸る若衆 腹黒く陰謀謀略を巡らす国人衆 そして武田の頭領としての誇り。 たった500人の小城を預かる貞昌とは比べ物にならない重き荷が勝頼にのしかかっているのだ。 そんな見境のなくなった虎を今止められるのはここ長篠城しかない。 その夜 貞昌は主だったものを集め軍議を開く。 夜襲 籠城 この絶望的な状況を打開する考えうる全ての案を練ったがどれも不可能に近い。 それらの策を実行しようにもいかんせん士気が低い。 人の心とは弱いもので恐怖はあっという間に伝染し精強な一枚岩の軍団も烏合の衆に変わる。 「まずは士気を上げねばならぬ それには希望が必要じゃ!」 ここで全員討死する運命であっても武田に一矢報いて死ぬのか 為す術もなく皆殺しにされるのでは後に戦うものにとっては雲泥の差。 それに何より相手が武田だろうと誇り高き三河武士がおめおめとやられる理由には行くはずがない。 「希望・・・やはり大殿がご出陣下さることが解れば皆最後まで持ち堪えらる!誰ぞ!誰ぞ伝令に走ってもらわねば!!」 無謀 他に言葉は相応しくないがもうこの城にすがる藁はそれしかない。 「誰でも良い!武田に見つからぬ獣道を知るものは居らぬか皆に尋ねるのじゃ!!」
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