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5 ぐーぜん!
そう言えば、あの病院はこの辺りだったなと思い出し、仕事仲間の鰐淵に一週間前のことを話すと、「傑作だな」とゲラゲラ笑われた。筋肉質で屈強な鰐淵は、俺と違って笑い方も豪快だ。それを羨ましいとも思わないのだが。
「叶、お前、役者になったらどうだ?」
「アドリブで変なことを言うな、と怒られたよ。あと、カーテンを閉めたら、リアクションが見れないじゃないか、とかぶーぶー言われたな」
信号機が赤に変わったので、立ち止まる。今日の仕事は、仕事相手がちゃんといることを望む。楽な仕事は嫌いじゃないが、楽過ぎるのは嫌だし、役者みたいなことをするのはもっと嫌だ、と学んだ。
しかし、だ。
あの若い女は何者だったのだろうか。俺に対しても物怖じすることがなく、冷静だったし、即席でプランを立てて実行するあの能力はなんだろうか。業界に、プランナーという仕事をする人間がいるという話を聞いたことがある。俺たちが実行犯なら、計画を立てるのが専門のプロだ。
初めて出会った人種だ。声をかけ辛いほど、一心不乱になってノートに鉛筆を走らせる姿が印象的だった。敵にしたら、恐ろしいのではないか、と危惧したほどだ。
信号機がなかなか、青にならない。ちょうど自動販売機のそばを通り過ぎたから、少し戻って缶コーヒーでも買おうかと思っていたら、後ろから声をかけられた。
「ぐーぜん!」
振り向くと、そこには千鶴が立っていた。ちょうど、彼女のことを考えていたことも重なり、驚き、返事ができない。
「元気だった? って、あなたは元気だったのよね。そうだ、これ、この前の報酬」
千鶴はバックから封筒を取り出し、それを俺に押し付けるように渡すと、にやりと笑ってその身を翻し、去って行った。
封筒からは、短冊状の紙が出て来た。演目名と共に「ご招待券」書かれ、公演の日程と会場場所の簡易的な地図が書かれている。どうやら、演劇のチケットらしい。脚本:相米千鶴と書かれているのを見つける。
「鰐淵、さっきの話の雇い主はあの女だ」
鰐淵が口を歪め、「マジかよ」ともらし、再び笑い声をあげた。
小さくなっていく、千鶴のセーラー服姿を見ながら、俺もさすがに笑う。
(了)
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