16人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
「じゃ、おやすみ」
律儀に挨拶をしてから、抱えていたリュックを枕にして目を閉じた。
眉にかかる前髪が弧を描き、それまでとは異なる柔らかい雰囲気を醸し出す。
いつものキリリとした大津くんとは違って、寝顔は妙にあどけなく、私の胸をさらにきゅっと締め付けた。
もやもやとした熱気を冷ましたくなって、さっき大津くんからもらったガムを口に放り込んだ。きついミントのガム。私には少しからかったけど、大津くんはいつもこれで眠気と戦ってるんだろうな。また一つ、大津くんのことを知った。
時計を見る。到着予定までまだあと三十分もある。
大津くん寝ちゃったし、やっぱり本持ってくればよかったかな。
そう思っていた時、バスが大きく揺れた。
すっかり寝入っている大津くんは力なくなだれ落ち、私の肩の上にこつりと頭を乗せた。
うわあああ。思わず、声が出そうになるのを必死で堪える。これじゃ、心臓がいくつあっても足りない。私は今日、ちゃんと遠足を終えられるのかな。
私の心配をよそに、大津くんは相変わらず小さな寝息を立てている。右の耳に囁くようなスー、スーと言う心地よいリズムは、私から正常な呼吸を奪う。
座席の隙間からなんか様子がおかしいと気がついたのか、後ろの席に座る子たちが声を潜めて何か言っているのが聞こえる。私は大津くんを肩に乗せたまま、聞き耳を立てる。右から左へ、この状況がバスの中で伝播しているのを肌で感じたけど、大津くんを起こすのもかわいそうだったから、気づかないふりで窓の外を眺めていた。
最初のコメントを投稿しよう!