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バレンタインの今日、見てもらう原稿は、今までで一番力を入れた。
「どれ、見せてみろ」
会議室に入るやいなや、席に座った明地は手を差し出す。円の手首など、簡単に一周して、長い指先は余るだろう。
明地の手は今、円の原稿しか待っていない。その手が、いつか円に触れてくれたら……。
緊張で震えそうになりながらも、円は明地に原稿を差し出した。
グッと息を止めてから、思い切って吐き出す。
「課長……っ! もし……もし、バツなしだったら……っ!」
「ん?」
赤ペンで顎をつついた明地が、視線を上げる。
目が合っただけで、頭が真っ白になった。
「……あ……」
「……」
「……あの……その……は、花丸を、ください……」
言った途端に、泣きそうになる。
なにバカなことを言ってるんだろう……。花丸って、小学生じゃあるまいし。
潤む目元を隠すためにうつむいても、明地がクスッと笑ったのが分かった。
「ああ、いいよ。お前の原稿、修正なしってこと、なかったもんな」
やっぱり、覚えられてた。悪い意味で。
当たり前だ。異動して1ヶ月余りだから仕方ない部分もあるとはいえ、他の社員に比べて格段に手を掛けさせてしまっている自覚はある。
本格的に緩んできた涙腺を引き締めようと、グッと唇を噛み締めた。
「突っ立ってないで、ここに座れ」
同じ方向から原稿が見られるよう、明地が隣の椅子を引く。
至近距離に気後れしたものの、断るわけにもいかず、円はおとなしく腰を下ろした。
明地は、原稿から目を離さない。長い指が、スッスッと紙面を下りていく。
円は、息を殺して、その爪先を凝視していた。
大きな爪だ。小さくて横に長い円の爪の二倍はある。
「……っ!」
明地の指が、ついに最後の一行をなぞった。右手に持ったペンは、顎の下から一度も下ろされていない。
――これは、修正なしってこと!?
期待に円の心臓は激しく打ち鳴らされているというのに、それを嘲るように明地の指は冒頭へと戻り、紙面を撫でるようにまた最後まで辿った。
――どうなんだろう。どっち!?
円は耐え切れず、明地の顔を見上げた。目が合った。
無表情の明地は、ペンを下ろした。白いコピー用紙に、真っ赤なラインが弧を描く。
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