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里の状況は山の平穏と無関係ではない。かつて凶作のおり、里のものが婆様を殺すのも厭わぬ勢いで小屋に強奪にやってきた記憶は佐助の中から消えていない。
山を駆け下りる佐助の横に木立から飛び出してきた三日月が並んだ。
『三日月、お前の群れは大事無かったか?』
『大丈夫』
そんなやり取りをしながら駆け、もうすぐ神社の社殿の屋根を視界に捉えるかというところで、三日月がグルルと喉を鳴らしたかと思うと急に速度を落とし『佐助殿を呼んでいる』と言ってきた。
『おらを呼んどる?誰が?』
足を止め三日月を振り返る。
『二人いる。一人はおしの。もう一人は知らぬ女子』
おしの?ただでさえよく見えぬのに、こんなまだ薄暗い夜明けに?
だが耳を澄ませば確かに遠く人の呼び声がする。
『三日月、お前は木立の中から様子を窺っていてくれ』
オンと小さく返事をした三日月が、木々の間に姿を消した。再び駆け出した佐助と並走するように、木の間を縫いながら三日月がついてくる。
「佐助どーん、佐助どーん、おらせんかー?どうか、助けておくろー」
近づくにつれそう言っているのが聞き取れるようになった。切羽詰まった様子の声にどうしたのだと不安が掻き立てられる。
参道が見通せるところまでくると、よたよたと登ってくる二人連れがいる。一人はおしのでその手を引くようにしているのはもう少し年のいった女子。二人の背後の里には今のところ火の手が上がっているようには見えない。
「おしの、何があった」
「佐助どん!」
「佐助どんか!どうか、この子を、しのを助けてやってくんろ!」
近付いた佐助に縋りつくようにして年上の女子がぜいぜいと息を切らしながら訴える。その顔がおしのにそっくりだったので、すぐに母親だと分かった。
「どうしたんじゃ?」
「おしのが……おしのが連れていかれて、ひ、人柱にされる!」
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