出会い

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出会い

この山のふもと近くには荒れた小さな神社があって、そこには時折里の人達がやって来る。 神主もいない、小さな鳥居も赤い色が剥げ落ちた神社に、里の人はその年の豊作を祈ったり、病が良くなるよう、子供が無事に生まれる様に願い、秋祭りの時期には収穫を奉納しにやって来る。 佐助は時々無性に人の声を聞きたくなり、神社の近くの大きな杉の木の上に登り、やって来た人々の会話に耳を傾けた。 里の人には今まで散々、(しいた)げられてきたはずなのに、山で婆様と二人きりの生活では知ることのない里の暮らしの様子が興味深く、自分でもおかしいと思いながらも足が向いてしまうのだ。 実際、子供の頃にはここでうっかり里の人たちに遭遇してしまい、罵る言葉と石を投げつけられ怪我をしたこともある。 だから、それからはここへ来ていることを婆様には言えずにいた。相変わらず婆様は何も話してはくれないが、婆様も里の人達を好いていないのはよく分かっていたからだ。 どうやら里には庄屋様という偉い人がおり、里を取り仕切っている。庄屋様の家は大きく、馬がいるらしい。 その他の人々はほぼ百姓で米や野菜を作って暮らしている。 山では田んぼは作れないので、佐助と婆様は米は作れない。 だが、佐助は一度だけ米を食べたことがある。 随分昔に、婆様が里で仕入れ米を炊いてくれたことがあるのだ。そのあまりのうまさに佐助は感激した。婆様は自分は殆ど口にせず、残りを全部佐助に食べろと言った。 「こんなに美味いんよ?婆様も一緒に食べよ?」 「ええんじゃ。今日はお前の特別の祝いじゃから」 「祝い?何を祝う?」 そこから先はいつものだんまりになって、結局何の祝いだったか分からなかったが、婆様は珍しくにこにこして佐助の頭を撫でた。 里の人らはこんなに美味い米を食えるならいいなあとその時は羨ましくも思ったが、聞き耳を立てるうちに、やがて百姓でも存分に米を食えるわけでないこと、作った米は年貢として大方納めなければならぬことも理解した。
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