1章

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アニモと暮らし始めて、そろそろ1年が経つ。 驚くべきことに、母の音声レパートリーはまだ尽きていない。 恐らくアニモ本体に内蔵された時計とカレンダーに連動して、音声が流れるようになっているのだろう。 季節に応じたレシピは、分量や味付けも適当ながら春夏秋冬を網羅する徹底ぶり。 母は一体どれほどの音声を吹き込んだのか。きっと相当の労力を費やたはずだ。 だけど俺はアニモから母の声がすることにすっかり慣れきっていた。 「タカシ、ちゃんと手洗いとうがいはしたの? そろそろ風邪が流行る時期だから、予防はしっかりね」 「何が風邪が流行る時期、だよ」 「身体をあたためるのにお鍋なんかどう? お野菜もたっぷりとれるし母さんおススメよ」 郵便受けに突っ込んであった封筒の中身はいつも通りの不採用通知。これで何十社目のお祈りかもう数えたくもない。 大学3年の冬。無い内定で迎えるにはあまりに寒い。 封筒を投げ捨てて、そのままベッドに倒れた。 腹は減っているが、身体が動かない。 「鍋とか言うならつくってくれよ、なぁ」 つるりとした頭部を鷲掴みにし、ガクガクと揺さぶった。 こんなときでもアニモはベッドの近くから離れようとしない。旧型の家庭用ロボットとは言え、ロボットは基本的に人に従うように設計されているためだ。 目覚まし代わりのアラームに、脚部に取り付けられたクリーナーを利用しての簡単な床掃除。インターネットに接続しての検索機能も備えているが、アニモに出来ることはそれくらいのものだ。 これがアンドロイドならば、人間に代わって調理くらいしてくれたのに。 「10月は神無月って言って神様が一箇所に集まってるの。知ってた?」 母が録音した音声が一方的に再生されるだけで、アニモには対話機能はない。 ただ一定の間隔が空いたから流れただけに過ぎないとわかっていても、何だか無性に癇に障った。 「疲れてんだよ。神無月とかどうでもいいからちょっと黙っててくれ」 掴んだままだった頭部を激しく前後に揺すってから、勢いをつけて手を離す。細い腕を使って自力で起き上がることができるはずが、いつまで経ってもアニモは動かない。 「アニモ?」 アニモの頭部の前面部分が、ビカッビカッと何度も赤く点滅している。こんなのは今まで見たことない。
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