古民家レストラン

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「まず、自分はこの『不溶性』の意味を上手く理解できていませんでした。溶けない性質だから残り続けると、文字通りにとらえて勝手にそうなんだと思い込んでいました」 獅々友は、薬袋に何か発言はないか、間を開ける。しかし、薬袋から話す気配は感じられなかった。獅々友は続ける。 「その勘違いに気付いたのは、シュウ酸カルシウムの水への溶解度。本当に水に溶けないのなら、その値はゼロのはずです。ですが、値は確かに小さくはありますが、100 mLで二十五度の水に0.67 mg溶けるとデータで示されています。『不溶性』とこの値に齟齬(そご)がある。自分はしばらく戸惑いました。矛盾していると。どちらかが正しくないと。なら、どちらが正しいか……」 薬袋は表情を変えず、ただ獅々友を見つめ続けていた。その眼光は、今まで感じたもののどれでもない鋭さだった。まるで細部まで(くま)なくチェックされているような、そんな感じだった。 「自分は……数字が正しいと信じました」 一瞬、薬袋の目が揺れた気がした。獅々友は、さらに続ける。 「それで、口内に残っている結晶が仮に10 mgあると考えてみました。その量を水に溶かそうと思うと、水は1500 mL必要になります。一方で、体重60 kgの人には平均して血液が5000 mL弱あり、そのうち水は2700 mLあります。それに水分は摂取排泄されることも考えると、シュウ酸カルシウムが溶けないわけがない。そう自分は判断しました」 一気に話し終え、獅々友は大きく呼吸した。緊張で、心拍数が上がっている。手の平もずっと握っていたためか、汗をかいていた。
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