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「ゴム紐は捩じると伸びるのかしら」
薬袋がそんな問いを獅々友に投げかけたのは、ちょうど注文したコーヒーと料理がテーブルに置かれたときだった。
薬袋は獅々友がその質問を考えている間、店員にここのミルクは乳製品なのかとよくわからないことを聞き始める。店員はどうやらアルバイトになって日が浅かったらしく、薬袋の疑問に答えられずうろたえていた。薬袋がそれで見切りをつけて、店員を解放させる。その一連の展開を眺めた後、獅々友は薬袋の質問に答える。
「それは、どっちですかね。伸びるのですか?」
「普通の紐は捩じると短くなるでしょう」
「あー確かに……」
獅々友は腕を組んで悩んだ。薬袋の方が詳しいはず。そう考えて、獅々友は薬袋が化学的な考え方を教えようとしているのだと察した。淹れたてのコーヒーの香りがほどよく鼻腔をくすぐる。
「コーヒーをかき混ぜると、渦巻いて真ん中が窪んでくるけど」と薬袋はさっきの問いを棚上げにして、別の話を持ち出した。「高分子――つまり、分子が数珠つなぎになった構造を持つ分子の液体だった場合、同じようにかき混ぜたらどうなるのかしら」
「さあ、全く分かりませんね」
獅々友は肩をすくめて、降参ですと薬袋に示す。獅々友には第一、化学について何にも知らない。薬袋の授業につきあっても、ただただ困り果てる一方でしかない。しかし、
「あら、それではつまらないわ」
と薬袋は逃がしてはくれなかった。獅々友はため息を漏らし、椅子の背もたれに体重を預ける。昼食だというのに、薬袋はコーヒーしか頼んでいない。小食だと仮定しても、そんなにも食べないものなのかと獅々友は少し疑問を感じる。吹き抜けの天井では、シーリングファンが穏やかに回っていた。
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