383人が本棚に入れています
本棚に追加
/182ページ
「今日、彼はいないのかしら? いたような気がしたのだけど」
獅々友が食べ終わった頃に薬袋が本題を切り出した。獅々友は皿を脇にやり、さりげなく周囲を見る。
「いるはずですが、どうしたんでしょう。自分が彼のシフトについて尋ねたから、警戒されてしまったのでしょうか」
「どうなのかしら? 無実なら堂々としていればいいと思うのだけど」
「貴女がそれを言いますか。堂々としても、濡れ衣は着せられるって身をもって体験したでしょう?」
「あら、でも堂々としていたら不起訴処分にしてもらえたわ」
「それは、厳しいこと言いますけど、運がいいだけですよ」
「そう。じゃあ、堂々とすることと無実になることは因果関係がないのね」
「当事者とは思えないほど他人事みたく言いますね」
「呆れましたか?」
「ええ、まあ、そうですね」
獅々友は、少し疲れを覚えながら言う。すると、薬袋は店員を呼び出した。獅々友は彼を呼ぶのだとてっきり思っていたら、彼女は今更ペペロンチーノを頼んだ。
「マイペースですね」
「科学的にこうした方が身体にいいのよ」
「ブラックコーヒーを飲んでから料理を食べるといいんですか?」と獅々友は半信半疑な態度で言う。「味の濃いブラックが、後の料理の味に影響を与えそうですが」
「あら、私は気にしないわ。そうした方がいいと理解しているから、そうするの」
「そうですか……」理屈だなと獅々友は諦めて、相槌を打つ。
「わかるかしら?」
「え……と、何がですか?」
「理屈」
「いえ、さっぱり」
「そう……」
薬袋はどこか残念そうにそう呟くと、ペペロンチーノが薬袋の前に置かれた。
「香辛料もそうだけど、カフェインは胃酸の分泌を促すの」
「だから、コーヒーを」
薬袋は頷く。
「ただ、砂糖は入れてはいけないの。糖反射が起きてしまう」
最初のコメントを投稿しよう!