接触

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「今日、彼はいないのかしら? いたような気がしたのだけど」 獅々友が食べ終わった頃に薬袋が本題を切り出した。獅々友は皿を脇にやり、さりげなく周囲を見る。 「いるはずですが、どうしたんでしょう。自分が彼のシフトについて尋ねたから、警戒されてしまったのでしょうか」 「どうなのかしら? 無実なら堂々としていればいいと思うのだけど」 「貴女(あなた)がそれを言いますか。堂々としても、濡れ衣は着せられるって身をもって体験したでしょう?」 「あら、でも堂々としていたら不起訴処分にしてもらえたわ」 「それは、厳しいこと言いますけど、運がいいだけですよ」 「そう。じゃあ、堂々とすることと無実になることは因果関係がないのね」 「当事者とは思えないほど他人事みたく言いますね」 「呆れましたか?」 「ええ、まあ、そうですね」 獅々友は、少し疲れを覚えながら言う。すると、薬袋は店員を呼び出した。獅々友は彼を呼ぶのだとてっきり思っていたら、彼女は今更ペペロンチーノを頼んだ。 「マイペースですね」 「科学的にこうした方が身体にいいのよ」 「ブラックコーヒーを飲んでから料理を食べるといいんですか?」と獅々友は半信半疑な態度で言う。「味の濃いブラックが、後の料理の味に影響を与えそうですが」 「あら、私は気にしないわ。そうした方がいいと理解しているから、そうするの」 「そうですか……」理屈だなと獅々友は諦めて、相槌を打つ。 「わかるかしら?」 「え……と、何がですか?」 「理屈」 「いえ、さっぱり」 「そう……」 薬袋はどこか残念そうにそう(つぶや)くと、ペペロンチーノが薬袋の前に置かれた。 「香辛料もそうだけど、カフェインは胃酸の分泌を促すの」 「だから、コーヒーを」 薬袋は頷く。 「ただ、砂糖は入れてはいけないの。糖反射が起きてしまう」
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