接触

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二時。六月の梅雨というのに、太陽が夏を先取りするように強い日差しを地上に降り注いでいた。遠くまで伸びる道路は陽炎が立ち込め、そこを自動車が通り過ぎていく。ゆらゆらと陽炎に合わせて、自動車の姿は揺らめきぼやけていく。今までの現実が幻影になってしまうような風景だった。 風村はアルバイトを終え、薬袋たちと合流した。さすがに夏日の外で話すのはということで、別の喫茶店に入ることにする。獅々友がいい店を知っているということで、行った先はアンティーク調の喫茶店だった。手前にカウンター席があり、奥に二つテーブル席がある。雰囲気を出すためか薄暗く、先客が一人、新聞紙を広げて気怠(けだる)そうに文字を目で追っていた。 ご高齢であろうマスターが薬袋たちの人数を聞き、奥のテーブル席を勧める。それに従い、全員カウンター席と壁に挟まれた狭い通路を慎重に通り、テーブル席に落ち着いた。 「お時間いただき、ありがとうございます」と獅々友がまず慣れた口調でお礼を言う。 「いえいえそんな、とんでもありません」と風村は頭を下げた。 「渋いところね」と薬袋はメニュー表を一枚手に取って感想を述べる。 「はは、そうですね。でも、いいところでしょう?」 「まあ、そうね」 そこまで言って、会話は止まる。薬袋はメニュー表をテーブルの真ん中に置き、そのまま腕を組んで黙り込んだ。 「何か飲み物、注文されますか?」 「いえ、大丈夫です」 風村は獅々友の勧めを断る。薬袋も首を横に振る。そこにちょうどマスターが穏やかな表情をしてやってきて、水を三つ置いていく。獅々友はマスターにブレンドコーヒーを注文した。
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