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「事件当日、何か思い出したことはありますか」
「いえ、自分が記憶しているのは前にお伝えした内容で全てだと思います」
風村は自分の記憶を探りつつも、しっかりとした口調で答える。確かに彼の記憶力が優れているのは、獅々友は薬袋から聞いていてわかっていた。それでも、人間忘れていることはある。念には念を入れる。刑事として当然のことだった。
「些細なことで構わないんです。本当に前回おっしゃられたこと以外にないですか?」
風村も真面目な性格をしていて、食い下がる獅々友の質問にちゃんと応えようとする。考える癖なのか顎に手を当てている。
「いや、やっぱりあれ以上のことは覚えていないです。すみません」
申し訳なさそうに風村は首を振った。
「いえ、気になさらないでください。もし何か思い出したら、いつでもおっしゃってください」
獅々友は柔和な笑みを崩さず、丁寧に言う。ちょうど、マスターがコーヒーを運んできた。カップとソーサーが軽く当たる音が子気味よく響く。香りがよかった。先客の人が新聞をめくる音がした。
「あの……」と風村が口を開く。「聞いてもよろしいですか?」
「うん? どうぞ」と獅々友。
「どうして、薬袋さんもここにいるんですか?」
「ああ、もしかすると薬袋さんも一緒の方がいいかもしれないと思いまして」
「えっと……それはどういう?」
「何か忘れていたことを思い出すきっかけになるかなと」
はあ、と言って風村は少し考える様子で固まる。薬袋は終始沈黙していて、腕を組んで目をつぶっている。耳を澄ましているのかもしれない。
「じゃあ、宇納さんが一緒じゃないのはどうしてですか? 当事者が全員の方がいいような気がしますが……」
「もちろん、そうしたかったのですが」と獅々友は苦笑いする。「自分も含め四人の都合を合わせるとなると、少々時間がかかってしまうので、まずは風村さんとお話をと思いまして」
強引すぎるか? 獅々友は笑みの裏で不安がよぎる。
「そうですか。まあ、確かにそこに時間を使うより、早く犯人を見つけられるよう早く動ける方がいいですよね」
「ええ、その通りです」と獅々友はホッとしながら風村の納得に同調した。
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