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「あともう一つ質問いいでしょうか?」と獅々友が言うと、風村は承諾する。「最近何か変わったことはありませんか?」
獅々友は質問を変えて、風村から情報を引き出そうと試みる。風村は最近ですかと呟いて、また真面目に記憶を探り始める。さきほどの客が新聞を整えようとする音がした。それ以外は至って静かだった。
風村は首を横に振る。
「申し訳ありませんが……」
「そうですか。例えば、宇納さんはどうです?」
そこで、ふと風村は妙な間を開けた。眠っているように動かなかった薬袋が目を開ける。
「宇納さんですか?」
「ええ、宇納さんです。最近付き合っているという話を耳にしたのですが」
沈黙が流れる。風村は手を組んで親指同士をさする。
薬袋が勾留されている間に、風村と宇納は付き合い始めた。そう周囲は感じていると獅々友は聞き込みで知っていた。ただ、それの裏は取れていない。もちろん、風村の自宅に宇納が入っていく姿は確認しているし、その逆も確認はしている。状況証拠はある。あとは本人が認めるか、決定的証拠をつかむかのどちらか。
「周りのみんながそう思っているんですか?」
「お互いの自宅を行き来しているという証言が得られているんですよ」
「はあ。それで交際が疑われていると?」
「ええ」と獅々友は迷いなく頷く。そこで風村は口元を覆うように手を添えた。動揺するような所作。獅々友はその様子を鋭く観察する。「否定がないということは、交際しているということでいいんですね?」
「いえ、交際はしてないです……」
あくまで否認するつもりか。獅々友は力を抜くように肺からゆっくり空気を吐き出しながら椅子にもたれた。水の入ったコップの側面は結露してテーブルとの接点で水が溜まっていた。これ以上はお互い得にはならないか。そう思った矢先。
「私がいない間にずいぶん仲良くなったのは否定しないのね」
薬袋がここで初めて口を開いた。
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