接触

13/18
前へ
/182ページ
次へ
風村と別れ、薬袋と獅々友はまた別の場所に移動していた。タクシーを拾い、目的地に向かう。西日が厳しい暑い日だった。梅雨の合間もあり、蒸し暑い空気が立ち込めている。タクシーはどんどん住宅街に入っていき、窓から見える景色は穏やかな風景に変わっていく。川沿いの道路を通り、薬袋は窓から見える川のきらめきをなんとはなく眺めていた。 到着した場所は閑静な住宅街に溶け込んだカフェだった。時園春香が指定したお店だった。古い瀟洒(しょうしゃ)な雰囲気のある一軒家。そこから、ピアノの音が聞こえた。 「もう時園さんは中にいるようです」 獅々友はスマホを確認して言う。それから薬袋の先に立ち、カフェの玄関を開けて入っていく。古く味のある木造の扉。それを開くと、店内はより一層アンティーク色の強い空間が広がっていた。 黒く艶のある丸テーブルと座り心地のよさそうな肘掛椅子が置かれていて、入って右手にカウンターがある。落ち着いた雰囲気で、先にいた三人のお客さんは各々ゆったりと自分の時間を満喫していた。 吹き抜けの天井には天窓があり、奥には床から天井までぎっしりと本で詰められた本棚が鎮座している。そして、一台のグランドピアノがこのお店の主役として置かれていて、慈しむように鍵盤を弾く女の子がいた。聞いたことのあるクラシック曲が流れるように奏でられていた。 「二名様でよろしいでしょうか?」 バリスタ風のベストを着た男性がやってくる。獅々友は連れが先に来ていると伝え、その男性に案内してもらう。その先は丸テーブル。そこに一人の女性が座っている。白のブラウスに紺のタイトスカートという出で立ちだった。本を熱心に読んでいて、薬袋たちが来たことに気付いていない。近くに来て、ようやく時園は顔を上げた。 「あ、獅々友くん」 人懐っこそうな明るい表情で、彼女は言った。
/182ページ

最初のコメントを投稿しよう!

386人が本棚に入れています
本棚に追加