接触

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時園も獅々友もあまりにも短い回答に、まだ続きがあると思って黙っていた。その妙な沈黙の時間。曲が終わって、次の曲が始まろうとしている空白の時間。そこに突然、雷鳴のように、重低音が鳴り響いた。三人とも、その衝撃に心奪われ、何の曲か考える。嵐のような旋律が訪れた。幻想即興曲。フレデリック・ショパンの曲だ。 「溶ける速さ……」と時園がそこでようやく口を開く。 「そう、溶ける速さ」と薬袋は時園のオウム返しにオウム返しをする。「少しだけでもシュウ酸カルシウムは水に溶けるといっても、それはビーカーの水にシュウ酸カルシウムを入れて実験する場合などの単純な系での話のこと。体内といった複雑系には、当てはめるのが困難なのよ」 「待ってください、薬袋さん」と獅々友は困惑して言う。「説明がよくわからないんですが、それはつまり、体内では溶けないという……」 「溶けるには溶けると思うわ、体内には水があるもの」と獅々友の質問に(かぶ)せるように薬袋は答える。「それは前、そうだと結論付けたでしょう?」 「そうでしたね、失礼しました」と獅々友は薬袋の反論を辛そうに受け止める。 「問題は、体内にあるシュウ酸カルシウムが全て溶けるまでに、どのくらいの時間がかかるのかということ。だから、時園さんに聞きたいのだけど、痛みは弱くなったのかしら?」
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