バーンキャット

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紺色の空が赤い空を追いやって、幻想的なグラデーションを作り出していた。建物はそれとは対照的に暗い影を落とし、逢魔(おうま)が時の(おそろ)しい気配を感じさせる。薬袋の住む部屋のある小さなビルは、そんな暗い建物が連なる中、黒々と(そび)え立っていた。 時園と別れた薬袋はタクシーで獅々友に送られ、一人暮らししている自宅へと帰宅した。 「自分はこれから署に戻ります。明日は別件があって同伴できませんので、くれぐれも気を付けてください」 「そうね。獅々友刑事もくれぐれも無茶しないように」 「はは、刑事に無茶するなとは面白いことを言いますね」 「これでも、本気で言っているのだけど」 「わかっています」と獅々友は笑顔から真剣な顔つきに変わり、薬袋はドキッとする。 「あなたのその真剣な目つきは慣れないわ」 「それは誉め言葉として受け取っておきましょう」 コロッとまた笑顔に戻り、獅々友は待たせていたタクシーに乗る。車内から手を軽く上げて挨拶する獅々友に、薬袋は軽く頭を下げた。タクシーはエンジンを(うな)らせ出発し、テールランプが微かに赤い残像を残していった。薬袋はしばらくタクシーのリアガラスを眺めたのち、長らく留守にしていた自宅へと足を運んだ。 そして、自宅の扉の前。 薬袋は目の当たりにする。当然、それは予想していた。しかし、現実に目の当たりにすると、思わず足を止めてしまう。 六階建ての小さなビルに設けられた鉄の扉。そこに容赦ない落書きが埋め尽くされている。薬袋はくだらないという面持ちでため息をもらす。鍵を取り出し、扉を開ける。ギィと鳴る金属音に、悪意ある言葉が乗っかっているように感じられた。 人殺し。死ね。クズ。カス。ひとでなし。死刑。死。死。死。死死死死死死……。 後で、獅々友刑事に落書きした人たちを捕まえてもらわないといけないわ。そんなことを思いながら、薬袋は半月ぶりの自宅に足を踏み入れた。
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