バーンキャット

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小鳥がさえずり始めたところで、薬袋は目を覚ました。 早朝、五時。 昨日は宇納とのやり取りの後、入浴を済ませて、そのまま就寝した。結局、宇納のメッセージの意図は理解できず、宙ぶらりんの状態ままだ。薬袋は明るくなった外の気配をカーテン越しに感じながら、寝起きのぼんやりとした意識で起き上がり、ベッドに腰掛ける。 音の少ない朝。薬袋の好きな時間帯。空白の時間に身を任せて、何事も忘れて目に見えているだけの世界だけを純粋に感じていく。カーテンを開けると、朝日が差し込んで漂う(ほこり)が浮き彫りになる。チンダル現象、と薬袋はそれを眺めて思う。雲間から差し込む天使の羽衣と同じ現象。光の中で可視化される埃を見るたびに、そんなことを思って、光散乱を勉強した影響だと薬袋は一人苦笑する。 身支度を済ませた薬袋は早朝ではあるが、登校することにした。朝食を道すがらにあるコンビニで購入し、そのまま研究室に向かう。 通学で馴染んでいた風景が、新鮮に見える。空気が澄んでいることもあるのだろう。遠くまで綺麗に見え、近くの細かいところまで目が認識してくれるのだ。何度も通っていたはずの道なのに、まだ新しい発見があるというのは、薬袋にちょっとした充実感を与えてくれる。標識の止まれの角に趣ある錆がついていたことを発見したり、今まで気にしたこともなかった電柱の張り紙の内容を知ったり、踏切の遮断機に備え付けられている鉄の箱に南京錠がかけられているのを眺めたり。涼しい朝の空気を肌に感じながら、落ち着いた気分でずっとこうして歩いていたいと薬袋は思った。 しかし、現実はだんだん近づいてくる。大学敷地内。大小異なる立方体を組み合わせた外観の建物を新たに建てた文学部棟やガラス張りの小さなビルである法学部棟、これまたビルで玄関前に丸い謎のモニュメントを置いた経済学部棟。それらの合間には等間隔にイチョウの木が植えられ、お昼休憩には大学生たちでごった返すだろう道は早朝の清々しさとともに閑散としている。そのためか、キャンパス内に居座る野良猫たちが自由気ままに朝を満喫していて、近所に住むご老人たちが犬の散歩やランニングなどをしていた。 そんな様子を眺めているうちに気付けば、もう研究室のある理学部棟が見えてきた。薬袋は心を切り替えて、自分の研究について考え始めた。
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