バーンキャット

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研究室はいくつかの部屋に分かれている。薬袋や他の学生たちがいる居室と実験台がアクリル板で仕切られた研究の最前線とも言える部屋。そして、その部屋だけでは収まらなかった精密機器を置いた測定室とも呼べる部屋。教授のいる教授室。秘書や来客のためのコーヒーなどを準備するためのキッチンが設置された部屋。あと、ほとんど利用しない物置となった部屋。主に薬袋の所属する研究室の部屋割はこのようになっている。ちなみに、准教授と助教は秘書のいる部屋にデスクを置いている。 その研究の最前線とも考えられる薬袋の居室は、相変わらず汚かった。 入ってすぐ、ガラス器具を洗ったりする手洗い場のシンクには、水をためた(おけ)が三つ。そこに(あふ)れるほど入れられたナスフラスコやシュレンク管、サンプル管などがあり、他の人が入る余地を残していない。さらに、試薬を量る電子天秤の周りも薬包紙や試薬瓶が所構わず散乱し、分液した有機溶媒の乾燥に用いる硫酸ナトリウムの白い粒が電子天秤の中にまでこぼれている。 みんなが使う場所をどうしてここまで汚く放っていられるのだろうと、薬袋は頭が痛くなる。薬袋はその常習犯をすぐに思い浮かべる。たぶん、今日のセミナーの研究進捗報告のために徹夜をしたのだろう。いつも口ばかりでサボってばかりだから、実験の有り様も酷いということかしら。もちろん、今回のセミナーは彼によって炎上するだろうと薬袋は予想する。さて、セミナーは昼の五時からだから、三田(みた)先輩は今日、昼の何時にやってくるのだろうか……。 はた迷惑な状況に頭痛を抱えながら、薬袋は実験スペースを通り過ぎ、壁に設けられた棚に参考書や論文、セミナーの資料などが所狭しに置かれた学生の居室スペースに入る。一度、震度6弱の地震で通路が参考書や資料で埋め尽くされたこともあるその場所は、久々に訪れても薬袋の心を落ち着かせる。やはり、自分の存在価値を認められる場所だと薬袋は再認識させられる。
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