バーンキャット

16/18
前へ
/182ページ
次へ
「ちなみに、パスカルはデカルト哲学のほとんどを否定していたが、動物機械説だけは一定の理解を示していたんだ。獣は時計と同じ。バネで自然に動く自動人形だと。犬を棒で殴ったときの鳴き声は、小さなバネのひとつが動いて出た音でしかない。だから、痛みで鳴いているわけではないと。今、そんなことを言えば、頭のおかしい人だと笑われるだろうが、当時は犬が可哀そうと思う人たちが馬鹿にされていた」 薬袋は皆谷助教のデスクをちらと見る。彼の読書のための小さな本立ての中に、パスカルのパンセを解説した文庫が置かれていた。たぶん、これの影響だろうと、薬袋は納得する。 「犯人は、そのことを踏まえて、現代の違和感を切実に訴えかけているのではないか。猫を燃やしていた人間の残虐性を抑圧し過ぎたために生じる歪な衝動が次々と事件になっているんだと、猫焼きを再現することで皮肉を込めて」 パチパチパチと、薬袋は乾いた拍手する。そして、言う。 「見事なまでのたくましい想像力ですね。最後には、とびきりの飛躍で結論を決めるところは目から鱗が落ちました」 もううんざりと伝わるくらいの冷めた発言に皆谷助教もさすがに我に返って、恥ずかしさを紛らわすように咳払いする。 「こういうのは、議論が尽きないから(たち)が悪い。どうか、忘れてくれないかな」 しかし、「パンセでパスカルは、確かこう言いました」と、薬袋は皆谷助教を無視して話題を続けた。
/182ページ

最初のコメントを投稿しよう!

386人が本棚に入れています
本棚に追加