固体窒素

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大きなナスフラスコに白い粉状の試薬を入れて、プラスチックでできた小さなラグビーボールの形をした攪拌子(かくはんし)を入れる。そこに、麻酔と引火性で知られる透明な液体のジエチルエーテルを注ぎ込み、ドラフトまで持っていく。攪拌子を磁力で回すマグネティックスターラーという台の上にそのナスフラスコをクランプで固定して、薬袋はスイッチを入れて攪拌子を回し始めた。試薬が均一に溶けるまで少し時間がかかる。薬袋はその間にもう一つの反応の仕込みの準備を進める。 今日、六つの反応を仕込む予定を組んでいる。朝に三つ、夜に三つ。そのうち、朝の二つは精製操作を行い、得られた化合物を単離する算段だ。半月以上何もやっていないので、まずは問題なくこなせる実験量から入る心積もりをしていた。 しかし、別の実験で使う予定のリービッヒ冷却器が見つからなかった。薬袋は嘆息する。おそらく、三田先輩の仕業だろう。特に使う予定もないのに、とりあえず自分の実験台の引き出しに入れて確保しているのだ。最悪のケース、使用した後でガラス器具が汚く、洗うのが面倒になっている可能性すらある。 薬袋は恐る恐る三田先輩の引き出しの中を(のぞ)く。案の定、目的の器具があった。本当にどうしようもない先輩ね、と薬袋は呆れつつ器具を取り出す。不幸中の幸いなのは、まだ綺麗な状態で保管されていたことだったが、それでもこの探す時間で気分が乱されることに、苛立ちを覚えずにはいられなかった。 ちょっと、落ち着かないといけないわね。 想像した以上に神経過敏になっている。薬袋は三度ほど、ゆっくり呼吸して心の整理に努めた。
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